2016/03/31(木)

自家製梅シロップを使った梅ソーダ、グレナデンソーダ、パッションフルーツソーダ、ブルーキュラソーソーダはじめました。どれもスッキリした味わいでおいしいです。お試しを!

 

2016/03/27(日)

今日は2012年anothertimbreからリリースされた『Wandelweiser und so weiter』に収録された作品を中心に聴いていく。音数の少なさから一見シンプルな構造の楽曲に見えるが、それらの音と親密に関わってみると、反復するフレーズはほぼ現れず、シンプルというよりは絶えず形を変えるダイナミズムに溢れた作品である。それはロマン派音楽にみられるような、ドラマチックなパトスを喚起するダイナミズムではなく、静謐で引き延ばされたフレーズに新たな次の音が加えられることによって、それまでの楽曲のフォルムを解体して、新しいフォルムを生成するような、作品の構造自体が変化していくダイナミズムがあるように聴こえた。

 

 

 

 

2016/03/26(土)

隔月イベント「Solaris 3」出演のHyakuyoso さん、S.キタダさん、バーバパングリ高木さん、Yazさん、山田タツさん、ご来店の皆様ありがとうございました。

ジャンルを越境して色々な音を聴けるので、次回は5/21(土)に予定してますので、宜しかったら遊びにきて下さい。

 

2016/03/25(金)

今日はAntoine Beuger/Jurg Frey『Dedalus』、Konzert Minimal『Antoine Beuger-tschirtner tunings for twelve』、Antoine Beuger『two,too』とAntoine Beugerの作品を中心に聴いていく。

抑制されと演奏により掠れた線のように異なる音同士が弱く結びついていく。

単に音数が少ないとか弱音であるという事ではなく、ぎりぎりのところで繋とめられた微かな音の連結によって、淡く脆いフォルムがうっすらと浮かび上がる様がおもしろい。

 

 

2016/03/23(水)

今日は店の模様替えを。前よりは少し広くなった気がする。

店内の様子が変わると、なんとなく音の鳴りも変わったような気がする。

 

読書はしやすい様になったのでお気軽にお立ち寄り下さい。

 

2016/03/19(土)

豊田市美術館にて『山口啓介|カナリア』鑑賞。

植物や蜂などの自然と原子力が一貫したテーマになっている。

興味深かったのは、311以降の作品が、それまでのおさえた色調から一変して、ビビットな作品となることだ。その変遷が彼の311以降に綴った日記に現れていて、311以前の作品ではディストピア的なモノトーンの暗い作風であったが、311以降の作品は以前からの自然と原子力という山口のテーマが現実味をおびて、それにつれ色彩を帯びてきたのかな?などと考える。

90年代のモノクロームな作品の小さな部屋をぬけると、山口が50箇所に及ぶワークショップを行った「カセットプラント」というカセットテープのケースに樹脂と共にドライフラワーを封入したものが立体的に組み上げられていた。それまでの圧迫感がある小さく陰鬱な空間と、植物の入ったカセットケースごしに光が指す明るく開かれた空間のコントラストが心地よかった。

 

2016/03/18(金)

「軋む神経とminimum音塊な夜」サックスの野道幸次さん、ギターの小林雅典さん、足元の悪い中ご来店頂いたお客さま、ありがとうございました。

演奏家とお客様の距離が近いので、より臨場感のある音楽体験になったのではないでしょうか。

定期的に音楽イベントも開催しておりますので、よろしかったら遊びに来てみて下さい。

SCIVIASスケジュール

http://scivias-nagoya.jimdo.com/schedule/

 

 

2016/03/17(木)

Steve Peters+Steve Roden『Not A Leaf Remains As It Was』は声とオルガンや葉っぱ、ベルといった音具を用いて奏でられる。

この作品では音が感情や記憶というものに強く働きかけるが、或る一つの感情、記憶にフィックスさせるような押し付けがましい強圧的な音の在り方ではない。

静謐で抑制された声と演奏は不純物を濾過して、或るサウンドスケープにどうしようもなく残ってしまう記憶、或る音にどうしようもなく結びついてしまう感情とでも言うような、音の影に宿る人の気配を抽出する。それらの音は微かで消え入りそうだが、過剰に芝居がかったり噓臭さがなく、個人的で生々しい記憶や感情を掘り出してくれる。

 

2016/03/16(水)

イタリアのオズヴァルド・コルッチノ『Oltreorme』には「普通よりやや小さめの音量で」聴くようにと彼自身のメッセージが記されている。収録されている音は囁きのような密やかな音で、指示のとおりの音量だと聴き手の環境の音に埋もれてしまいそうなほど微小である。

おもしろかったのは、この音を聴くために耳をそばだて、また、できるだけ静かな環境にするため空調をとめ、物音をたてぬように行動に注意したりと、ディスクに収められている音により耳が変わり行為が変わる。すると如何に騒がしい世界で生きていたのか気づかされる。

水道管を通る水の音や、少し離れた都市高速の走行音などの、ちょっとした音がよく聞こえるようになった。

 

2016年3/14(月)

今日は新しいスープメニュー「ブロッコリーとひよこ豆のポタージュ」を仕込みました。

野菜の滋味とほんのりと香るスパイスのストイックな味?のスープに仕上がりました。ストイックな音?にぴったりです。トーストとご一緒にお召し上がり下さい。

 2016年3/13(日)

今日は古楽の日ということで16世紀のヨーロッパ音楽を聴いていく。

16世紀前半は15世紀からのルネサンス音楽の円熟期で、16世紀末にはバロック音楽への橋渡しになるような作品が現れる。

改 めて聴いて、例えばジョスカン・デ・プレ(1450-1521)のミサ曲は複数の旋律の動きが艶めかしく躍動的で多彩な印象をうけるが、16世紀後半のパ レストリーナ(1525-1594)の作品は澄んだ和声で旋律はなだらかな作品となっていて、ジョスカンと聴き比べると漂白されたような透明な響きとでも 言うような印象をうける。

ジョヴァンニ・ガブリエリ(1557-1612)の作品では低音部や高音部など複数の声部が建築のように組み合わ さり一つの音響を構築している。ジョスカンやパレストリーナの作品が異なる線が絡み合うような印象だったが、ガブリエリは音が眼前にそそり立つような立体 的な印象をうける。また、時間経過による音の展開が複雑になりドラマチックな音響効果が生まれている。これらの和声的、音によるエモーショナルな表現はバ ロック音楽からロマン派を経て現代の音楽にもつながっていく特徴のようにも思う。

 

 

 

2016年3/12(土)

今日はコレット・マニーからサラヴァレコード、red noise、ゲダリア・タザルテスとフランスの音楽を聴いていき、そこから話が脱線しデイビッド・トゥープのヤノマニ族の録音、Louis Sarnoのピグミー族の録音、ハワイのチャントなど民族音楽へ。

最後に明日3/13(日)「古楽の日 16世紀音楽特集」の予習で1549年に日本に伝来したキリスト教の音楽を隠れキリシタンが歌い継いだ「おらしょ」でしめました。